古田敦也、大いに語る!

5月26日福井県県民ホールAOSSAにて「古田敦也流のリーダーシップについて」の講演会に行ってきました。1965年兵庫県川西市生まれ。東京ヤクルト一筋で現役を過ごす。[ID野球の申し子」と評され、名捕手として一時代を築いた。2005年シーズン終了後より、29年ぶりの「プレイングマネージャー(選手兼監督)」として活躍。2007年、多くのファンに惜しまれつつ、18年間の現役生活にピリオドをうつ。【球歴】川西明峰高−立命大−トヨタ自動車−ヤクルト(89年ドラフト2位)【受賞・主要記録】ソウルオリンピック銀メダル(88年)MVP(93、97年)首位打者(91年)正力松太郎賞(97年)ベストナイン(91〜93、95,97,99〜01、04年)日本シリーズMVP(97年、01年)2000本安打達成(05年4月24日松山対広島)の実績を持つ古田氏の野球との関わりは、以外に親の勧めでした。武道の好きな父が「武道ではお金にならないから野球選手になれ」と始まり、中学生卒業の時に有名校からの勧誘を断り地元の県立高校入り野球部に入部しました。その学校は5時までに全校生徒が下校する進学校で練習といっても1時間半位でそんなに野球が好きでもなっかたといいます。そして京都立命館大学に勉学合格します。そこで大学の監督が古田の高校の監督に電話があり、入部を勧められるがもう一つ合格の関西大学の方が親の負担も少ないと考え、断りに行くことにしました。しかし説得されて親に相談すると母親が「お金は共働きで何とか頑張るから」と許されます。野球部で初めて体育会系のしごきにあい挫折しそうになるが、両親の苦労を無にすわけにはいけないと野球に没頭し頭角を現します。大学4年にはドラフトに指名するからと事前に連絡を受け、実家では近所の人やマスコミも待っていて、指名されず両親を落胆させることになります。そこで古田氏はトヨタに入り見返してやると奮起、オリンピックに選ばれるほどの選手になり、2年後東京ヤクルトドラフト2位指名を受けます。その時に母親に電話して喜んでもらえると思いきやトヨタに定年までいたとしたら生涯所得はいくらか調べたのか「本当にプロでやれるの?でも、私たちはあっちゃんがやりたいのならそのとおりにしなさい」とOKしてくれそうです。どこの親も自分たちは苦労をして援助して心配してくれて、最後はやりたいようにさせてくれるものなんだと自分自身の事とだぶって聞き入りました。プロ野球ではセンスと古田の頭の良さが野村監督の元でID野球の申し子と呼ばれるまでになり「ガチンコ勝負では勝てないのならどうして勝つか」を徹底的に分析する事、たとえばこのバッターの1球目このコースは苦手だとか戦う前にバッテりーが研究準備するデーター野球をしたという事です。【人は動機を持って生きている】このことを見抜き研究する姿勢は学ぶところです。また、監督時代の苦労話では最近の選手は情報過多で昔のように全員に話して通じた事も、なまじっかインタネットで大リーガーの選手の理論を知っているから一歩抜けないままになりやすい。【成長したければ変わらなくてはいけない】現在の社会の新入社員も指導が難しい話と重なって聞き入りました。チームの力を上げる秘策として選手のモチィベーションを上げる為のON・OFFを持てと指導されたそうです。カベにぶつかって悩みノイローゼ気味になりがちな選手に「野球から離れてリラックスしろ。このドアをぶん殴って大声を発してからONの状態にするんだ」と取り組んだそうです。また、プロ野球全球団の選手会長として球団買収騒動の時に「野球はファンのものだ」と始まって以来のストライキを強行したリーダーとして、毅然たる態度は国民の絶大な支持を受け、2年連続上司にしたい人第1位に選ばれるほど国民的リーダーとしても有名になられました。私の好きな言葉に【真のリーダーとは、志を持ち多勢を抱え大事を成し遂げる能力を持つ】を思い出しながら、講演を聞き古田敦也氏の今後人生に注目して応援したいと思うと同時に、自分自身も真のリーダー像を確立すべく日々真剣!日々努力!日々ON・OFFで集中!を目指そうと決意しました。

この先どうなる?私たちのまち「若狭」藻谷浩介氏講演

4月16日に(社)若狭青年会議所による講演会が小浜市働く婦人の家にて、日本政策投資銀行地域振興部参事役、藻谷浩介氏「この先どうなる?私たちのまち若狭」の講演会がありました。午後7時からなんと終われば10時でしたが、時間が長く感じないすごい迫力で、多くの内容が聞き初めでカルチャーショックを感じた素晴らしい講演でした。世の中の景気はここ数年悪いのではなくその波は、10年位前から変わったとの事。百貨店の売り上げは11年連続、コンビニは6年連続、あの世界のトヨタでさえ国内の売り上げは4年連続下げている。有効求人率、就業者数増減、個人所得増減、小売販売額増減等の統計を示し説明を受け、東京は唯一いいのかと思うが東京もどこの都市も平成8年がピークで後は下がっていました。特に全国平均小売販売額増減は11年連続下がっています。アルバイトを含め雇用の多いときは女性の働き手が買い物をしてくれることで地域経済をささえてくれていました。「地域が経済的に活性化していくにはどうしたらお金が地元に入るかを考えるべきだ」と地元に売り物が無いと道路や駐車場を整備しても駄目だと、厳しく観光振興のあり方を指摘されました。特に小浜市に以前から来られてて、まちづくりが郊外型にしては失敗する。小浜駅から市役所、公立病院が隣接しているコンパクトなまちを有効に開発すべきだ。と私の主張と一致したお話でした。少子高齢化が思っている以上に早いスピードで進む事と、現役の働き手が減少する事の政治経済に及ぼす影響の話を聞き、地域も個人も先行きを見越してしっかり進めないといけないと痛感致しました。小浜においては市街地に人口密度を高め近隣商圏の住民を抱え込んでいくしかありません。地元でしかないユニークな売り物がならぶ小さな店をひとまとめに集約するのが望ましい。地場産商品の開発改善とからめれば、つばき回廊は再生していけるというご意見でした。これには同感で私が議会で述べている市と商業者が知恵を出し合いコンセプト(キーワード)を決め、しっかりしたまちづくりの拠点につばき回廊商業棟を再生することが必要です。競売にかかり固定資産税等の問題で買い手がないと幽霊ビルになってしまいます。小浜市は税を投入する以上、費用対効果を生まないといけないし、それにはまちづくり活性化計画を策定して県や国の補助金(まちなか福祉、まちづくり交付金)を取る以外にはないと考えます。つばき回廊の一階に設けられた「若狭屋」がたくさんの観光客でにぎわい、語り部さんの拠点と併用されて観光案内としても好評のようです。この成功例を見て人が交流する楽しさと、やり方によっては可能性があると思われた市民の方もあると思います。講師は「観光客相手に純粋地元産品の売り上げを増やせ」と説き、若狭の地域性を生かして一度来て終わりじゃなしに四季それぞれの良さを売りに出来ればリピーターを増やせます。観光客の動線、行動心理を考慮した仕掛けと観光案内の看板の設置などのもてなしの心、やさししいまちづくりを提案頂きました。私を含め多くの方が感動し、やる気を起こさせて頂きました。オンリーワンのまちを目指して頑張りましょう!

「日本の底力」麻生太郎氏講演

国際ロータリー題2650地区地区大会が2日間の日程で京都国際会議場で開催され、13日に麻生太郎氏の講演がありました!
第一声「麻生太郎をテレビじゃなしに初めて見る人は手上げて下さい」から 始まり3000人の聴衆者が引き込まれました。続いて日本は国際社会における評価は3年連続世界で一番貢献している国である事実をマスコミはいつも良いことは書かないから、私が伝えますと元外務相らしいし体験談から、日本は国際的に認められていると言われました。
鉄鋼の高張力鋼鈑技術のトヨタ自動車による企業進出の話し、海外で働く日本人に「人が見ていない時にも働く」この優れた姿に育てられたと感謝されている国々の話しがあり、インドのニューデリーの日本のODA地下鉄工事で、工期どうりに進めて行く勤勉な様は「労働に対する美徳や価値観を変えた」と評価を得ていてインドにおける最高の鉄道と日本人の技術力と働くという潜在的能力は絶賛されているとの事です。さらに麻生氏がバクダットで他国の軍隊はイヤだが日本の自衛隊は残って欲しいと言われる理由として、

1.今まで脱走者は一人もない。
2.婦女暴行事件もいっさいない。
3.無銭飲食や軽犯罪もいっさいない。

この事は日本人であることに誇りを持てました!国内の問題にも触れられて、日本の高齢者が元気でまだまだ働ける社会の構築する構想を熱く語られました。
さらに団塊の世代の退職後の動向に向けたビジネスの話しで、京王デパート新宿店の高齢者向けのこだわりの様子や、名前を呼ぶ接客のデパートらしからぬ対応、毎年売上アップの実話は笑いを誘いユーモアいっぱいに説得力があり会場中、大変盛り上がりました。
最後、日本の農業の話しは、中国餃子の事件でアジア諸国は安心安全と美味い日本のお米が輸出国として、今後は価値を生み出すと言われて、農業政策として麻生太郎総理ならどうするのかをかいわみる事が出来て本当によかったと思います!日本人の悲観的な話しに「先行き不透明な我が業界ですが・・・」の言い方があまりにネガティブじゃないか、もっと自信を持って「日本の底力」を押し上げ、夢を語り実現に邁進して行きたいと感慨無量の1日でした。政治家の端くれですが更なる自分づくりに頑張ります!


意志あれば道となる

19日に若狭広域経済懇話会主催による参議院議員佐藤正久先生の国政報告会が商工会議所で行われました。今の国政の諸課題について先生の本気でぶつかっておられる姿に共鳴して聞き入ってしまいました。特にこの若狭地方には国防の意味からも道路整備の重要性を訴えていくと約束いただきました。思いを粘り強く要望し続ける事が大切だと言われ私自身の好きな言葉[意志あれば道となる]と一致して、夢の実現に向かう決意をさらに強く持つことが出来ました。

私が30代の頃、新聞の投稿欄に送って記載された記事をこのホームページにも残してあります。

1.八百比丘尼の伝説まちおこし・・一昨年小浜市の公募型事業で採用していただき、アニメを作り(小浜市のホームページ)ましたが、これを生かした次の展開を提案していきたい。

2.小浜小学校の建築・・期成同盟会事務局長を9年させていただき、やっと今年の4月に開校の運びとなり地区民の悲願達成に感無量です。

3.琵琶湖若狭湾快速鉄道実現・・若狭青年会議所時代に1994年5月5日子供の日に未来の子供達のためにと指揮を執らせていただいた「こいのぼり鉄道運動」〜実現住民の会の運動につないで14年目になります。私はこの鉄道を夢で終わらせたくありません。高齢化社会のために、交通弱者のために、地球環境のために、そしてこの地域を便利なところにしないと人は集まらない。

こんな自分が描いたこのふるさとの夢に対して[青春の夢に忠実であれ](カント)さらに熱く邁進したいと思っています。応援お願いします。If there is a will.there is a way.
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さくま ひろし
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