『さくまひろし後援会 真夏のレクレーッション』7月25日

当日は猛暑の1日となりましたが、スタッフ全員が手際よく準備してくれたおかげで予定とおり11時にレオブルーグラスバンドのステージからスタートしました。



演奏につられて来場者が増えはじめ、12時前のセレモニーの頃にはテントは満席になり、恒例のカラオケ大会も大変盛り上がりました。



私も家内とお越いただいた皆さんにご挨拶に回り親しくお話しする事が出来て、ふれあいの場になって本当に良かったと思います。



1時にはフ−ドコーナーの仕込分が残り少なくなり、「チケットをお持ちの方、早めにお買い求め下さい」と慌てて場内アナウンスしていました。
全てが完売し、2時半の「がんばろー三唱」まで多くの人が最後まで声援していただき感激でございました!



TOTALで300人も集まってもらえて、後援会スタッフ一同感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。m(__)m



【当日、佐久間 博 本人挨拶】

みなさん こんにちは!
恒例になりました『さくまひろし後援会 真夏のレクレーッション』にお集まりいただき、本当にありがとうございます。
市会議員として3年5ヶ月、皆さまに支えられましてこうして元気に活動出来ます事、重ねて感謝申し上げます。



今ほど、小浜市長 松崎晃治様、衆議院議員 高木毅様、小浜商工会議所会頭 上野清治様、から身にあまる励ましのお言葉を頂きました。
心に刻み、ご指導を仰ぎながら頑張りますので、よろしくお願い致します。

私は、『言行一致』を心に決めて議員活動をしております。
今日はご案内させていただきました様に、発表させていただきたい事がございます。

来年の統一地方選挙には、後援会の皆様と共に県議会に挑戦をする決意を致しました。
今後、若狭地方は人口減少、少子高齢化、限界集落、若者の働く場所、仕事が無い、これらがいっきに加速し、景気低迷、自治体財政の硬直化が進んでしまいます。

この疲弊した現状を、そして嶺北との格差を訴えていきたい。
この生まれ育った若狭地方の為に、私を働かせて下さい!

まだまだ、勉強不足な私ですが、取り巻く環境の流れを見極め、一歩先の事を勉強して行きたいと思います。

皆様のご期待に沿う様、一意専心励んでまいりますのでご指導、ご鞭撻いただきます様、心よりお願い申し上げます。

天下第一村 華西村 視察 (平成22年4月12日〉

華西村(人口3万人余)は天下一の村とも評され、指導者の先見性と機智に富んだ村の経営と村民の努力により、現在、社会主義国の中で最も村民が豊かで幸福になった模範的な地域として、中国国内はもとより世界的に有名になった注目の村を視察しました。



華西村は、江蘇省江陰県にあり、揚子江デルタの中部に位置し、上海の虹橋空港から高速道路を西へ約2時間走ると、緑の中を真新しい舗装道路、欧州風の別荘と見間違うような3階建ての住宅が整然と並んで中心部にはホテルや飲食店が入った高層ビルが建ち並んでいます。
昨年1年間で約200万人が見学に訪れており、そのうち約5%が外国人だそうです。
最初に村に入るのに見学料として1人あたり130元(2000円)の入場料を課せられました。



最初に華西農民公園のホール(300人位収容)に案内されました。
呉仁宝氏(82)による村の紹介から始まり、私達は1番前列の席で、各視察団体の紹介も敬意の表れか、2番目に日本の福井県から一行が見えていると紹介されました。



次に村や民族の歴史をたどる 歌舞、さらには雑技団のショーがあり、民族衣装で踊る女優達を見ていると、TVで見る北朝鮮の喜び組に似た感じも受けました。
そして、40分くらいのショーが終ってからも、モンゴルの一行様に呉氏が写真撮影に応じてられて、私達との記念撮影も一人10元の商魂たくましさに唖然としました。



一番良かったのは、華西村のナンバー2である周副書記(呉氏の4男の子供の妻)に質疑応答の形式で話しが聞けたことで、内容は以下の通りです。

五十数年前 呉仁宝氏の「共同富裕(共に豊かになろう)」というスローガンの下、文化大革命の嵐が吹き荒れた1970年代、中国全土が政治運動に明け暮れる中、金属加工工場を創設しました。
呉氏の指導者としての先見性は、いち早く政治的リスクを冒してまで、工業を始めた事が今日の成功につながります。

1961年 村が建設された当時は、面積は0.96平方キロメートル、全人口は600人余り、2001年からは、付近の村々とともに豊かになるため、周辺の20の貧しい村を合併し、大華西村として面積は、35平方キロメートルに拡大し、人口は3万人余りに増加し、58の企業、60億元あまりの固定資産を持つといいます。

現在 小規模な工業から発展した鉄鋼業、紡績業、旅行業が三大支柱の産業で、海運業にも参入し、農業収入は1%以下となりました。2008年の総売り上げは約5百億元(約6千5百億円)で、村民の平均所得は農民の全国平均の40倍だそうです。
村民は村の株を持ち、別荘はすべて与えられた村民の住宅で平均面積は400平方メートル以上、ほとんどの家庭は高級車を複数台所有しています。
独自の年金制度や医療保険制度があり、大学までの教育費、年1回の海外旅行の費用も村が負担しています。



私が、質問した中で、少子高齢化(中国の一人子政策)が進んでいるでしょうが、働けない家族を村として、どのように面倒を見ているのかとの質問にびっくりした答えが返ってきました。

女性は50才男性は55才が一応の定年だが、働ければ働けるし、年金もあり、株主配当を貰えるという事です。
80歳以上のお年寄りがいる家族一人につき年間100元(1500円)を、90歳以上のお年寄りがいる家族一人につき年間1000元(1万5千円)を、100歳以上のお年寄りがいる家族一人につき年間10000元(15万円)を渡すそうです。
実際に37人の家族トータル370万元(555万円)もの巨額を渡している例があるというのですから、華西村の財力が半端じゃない事が分かります。
これなら、お年寄りを大切にするだろうし、老後の先行き不安で自殺者や介護疲れから身内による殺人者が増加している社会問題を抱える日本は、福祉の充実を急ぐべきと強く思いました。

さらには、寧夏回族自治区や、黒竜江省にも、「華西村」を興し、幹部、資金、技術、プロジェクト項目など各方面において大きな支持を与え、これらの貧困地区が早期に富裕の道を歩めるよう助けているようです。

また、全国各地から村の幹部5万人余りが華西村を研修に訪れ、彼らの進んだ経験を学んでいます。
中国の大部分の農村は貧しく遅れた状態の中で、社会主義の新農村を建設し、華西村は現在120人の指導者により民主的な会議を重ね、みんなで村の政策を実行していきます。
私は豊かさを共有する社会主義の目指す究極のユートピアが目に焼きつきカルチャーショックを受けました。

今後は、国内外の観光誘客の為に20億元〈300億円〉の巨額を投入し、大型複合施設として空中華西大楼ビル建設中で、このシンボリックな建物の完成後に再度訪れ見てみたいと思いました。



一方で、私達のガイドさんいわく長年の奮闘で村民は豊かになったが、新住民には旧村民のような手厚い福利厚生はなく、村民の様な待遇を得るには高学歴や特別な才能など、村に必要な人材でなければ認められないらしく、村内の格差が問題とも聞きました。

現在の中国は平等を唱えた社会主義国家とは程遠く、バブル絶頂期で経済大国になり、貧富の格差は大きな社会問題でもあります。
今回の視察は、日本のTVでも紹介されるくらい有名になった天下第一村・華西村は思っていた以上の凄さに感嘆したと同時に、住民生活の安定には経済が良くなくてはいけないことを痛切に感じました。
そして、国も自治体も20年、30年後に向かう姿(長期ビジョン)を明確にして政治を行なうべきと再認識しました。

2010年2月11日・建国記念日・国政に思う!

失われた10年といわれる様に、日本は国力が弱体し、国際的信用を損ないました。リストラ、住宅ローン、将来への不安等の理由で自殺者が昨年32,753人になり、12年連続で3万人を超えるありさまです。この様に国民生活を追いやった政治の責任を私のなりに分析してみます。

1988年私が32歳の時に「アメリカンドリーム」を追っかけ、ロサンゼルスに美容室出店を果たし、幾度か見てきた現状は、投資家と呼ばれる、バックを片手にビジネスとしてビルの買い付けをしている人がいるかと思えば、ちょっと路地に入ると日雇いで働く低所得の方の集まるドヤ街の危ない所ありました。

3年後に日本資本の企業を敵対する労働者が多かったロサンゼルスで暴動が起こり、日本企業の撤退を余儀なくされて、日本で2億の投資した夢は消えました。

1990年日本代表で出場したパリ大会の1ヶ月前にパリに住んだ時の様子は、アメリカのビジネスを見て来た後なので、あまりにも違う社会構成に考えさせられました。フランスは外国人の労働者は働けない規制で、自国の雇用を優先していました。消費税は17パーセント、働くのはそこそこで日曜日はかかさず教会にお祈りに行き、お金儲けのために人を押しのけて働く意欲は毛頭無い様に見えました。

現在、日本の出生率1.37に対しフランスは2.02と社会保障を充実された成熟社会(歴史文化の尊重意識、自国を守る制度、職業を守る政策)。今から思うと日本も追従する価値もあったのかもしれません。

民主主義の自由と平等に対し共産主義や社会主義がありますが、自由競争にして格差は仕方ないとしたアメリカ型資本主義、西ヨーロッパのような半社会主義的資本主義をみると、民主主義の自由である事が格差を生むことになり、国民の生活を平等にしていくのに、規制をし、金持ちからの多くの税を社会保障に回す→労働意欲を損ない働かざるもの食うべかざるの反対です。好き勝手してきた人の生活保護者が受け取る額が、国民年金をかけ続けて取る額より多いなんて不条理も起きています。民主主義は自由と平等だと決まり文句ですが、自由で平等な社会は空前絶後のものなのか。が私の中の課題でもあります。

アメリカは経済においてはブシッシュ『新自由主義』→オバマ大統領は規制政策をしていますが、中々好転しない経済、皮肉にもオバマの平和宣言と裏腹な、台湾にまで軍事物資を売りつける相変わらずの軍事産業主体の国です。そしてFTA(自由貿易協定)を各国に迫っているのです。

世界中の国の方向は右に左に振り戻りの繰り返しです。かつてのアメリカはケネディ、ジョンソン政権は社会保障を重視し、福祉国家を志向していました。所得の再分配にも行い国民所得の平等化を目指し、中流階級の豊かさを支えていました。ところが福祉国家路線のいきすぎは、膨大な財政赤字を生み出したのです。1981年に誕生した共和党のレーガン政権は、その反動から市場原理を重視し、小さな政府路線に大きく舵を切りました。これによってアメリカ経済は息を吹き返しましたが、その一方で巨大な所得格差と多数の医療難民を生み出しました。

その頃日本では戦後続けて来た業界を守るべく市場を荒らさないよう規制し、管理化の下でグローバルな資本主義からはちょっと違う日本流資本主義がなされていました。地方は地方でそれぞれが経済活動をすることで、近所の商店主が食べていける、ぬくもりのある社会を構築していた時代でした。

そこに小泉純一郎が現れ構造改革を掲げ「自民党をぶっつぶす」と豪語しアメリカ流のグローバル資本主義を持ち込みました。このままでは国際社会から遅れてしまうと、大企業を中心に規制緩和を求めたのです。大変な人気ぶりに国民は我を忘れ日本の救世主かのごとく長きにわたる小泉・竹中のいきすぎた構造内閣に支持しました。結果は日本社会のよき伝統を壊す強烈な副作用を生み出しました。

確かに「小さな政府」「自己責任」「市場原理主義」が世界経済を一時活性しました。「構造改革」「痛みに堪えて米百俵」と小泉純一郎が絶叫し、新自由主義的な弱肉強食の経済政策に突入すれば、マスコミは一斉にこれに反対する議員を抵抗勢力と叩き、会社組織を売買するM&Aを当然の流れだとして、ホリエモン的な株主資本主義を礼賛しました。

その結果として、『中間層の消滅』『格差拡大』『金融崩壊』「大不況」『派遣切り』の副産物に見舞われ、今度は雇用をなんとかしろ、老後が不安だ、生活第一にしろとマスコミ大衆は悲鳴を上げる。構造改革の負の効果を肌身で知ってやっと小泉改革の正体がわかりました。

さらには、ブッシュの大義なきイラク侵略に前のめりに加担して、国連でも他国にアメリカの侵略戦争への加担を説得して回りました。しかし、戦争の大義だった大量破壊兵器は発見されず、中東の民主化も起こらず、逆に捕虜虐待で反米感情を高め、イラクの安定のために米軍を釘付けにされて多大な戦費を浪費し、アフガニスタンもパキスタンもタリバンとアルカイダがはびこり,治安は悪化する一方で国際社会の評判を落としました。

米国内でも、ブッシュは史上最低の大統領という汚名を着せられ、政権は共和党から民主党に移り、もはやアメリカの覇権は失墜してしまいました。その結果、アメリカは6カ国協議を中国に丸投げ、その上北朝鮮と妥協し、拉致家族を裏切ってテロ支援国家の指定を解除し、金正日を図に乗らせ、核ミサイルの開発を容認して、日本の安全保障は根幹から崩壊する危機に陥っています。

ところが未だにマスコミが行う政治家の人気投票では、小泉純一郎が首位になったりするから、不思議です。大体その後、安部晋三、福田康夫、麻生太郎と続いて2世、3世の世襲議員が総理大臣になられたが、共通して言える事は、幼い時から世界が違うため、弱者の目線になることが欠けています。小泉純一郎と後任者との違いは、ぶれない頑固さ国民に対する発信力の強さ、カリスマ性だと思います。

麻生さんは国務大臣の豊富な経験の持ち主で、外交、経済の政策通と国民は期待しました。しかし始まってみれば、永田町では『トリプルKY(空気が読めない、漢字が読めない、景気が読めない)』と揶揄される始末です。なにより悪いのは総理の椅子に対する執着心で、前任の阿部さん福田さんはすぐ投げ出ましたが、麻生さんは固持しすぎて解散時期を誤りました。あの小沢民主党党首時の西松建設事件が最後のチャンスさえも、サミットにこだわり任期満了まで引きずり、結果54年間衆院第一党の座を守り続けた自由民主党の牙城が崩れました。

国民が民主党に託した「政権交代」は国民主権政治のキャッチフレーズに翻弄されました。ただの選挙市場主義でマニフェストに謳われていなかったことは新ルールだと、自治体や各種団体の陳情を、県連民主党経由で小沢一郎幹事長室が一元的に集約し、そこで仕分けされ重要と判断されたものが政府に伝わるという風に変わり、首長も我々議員が国の省庁に足を運んでも駄目だという事です。これはコンクリートから人ではなくコンクリートから小沢一郎と言うしかありません。来年度予算決定の前に公共事業の個所付けを各都道府県に流して、民主党国会議員の無いところは、大変ですよと言わんばかりのアメとムチで、都道府県の自治体は参議院選挙を目前にまるで踏み絵の様な状況です。

また、鳩山総理の母親からの子供手当てですが、長年にわたり、想像できないらい巨額の金を受け取って、贈与税を払っていなかったのですからあきらかに「脱税』です。慌てて6億円近くの納税をしたからいいのでしょうか。政治団体の政治資金の問題であれば、会計責任者に責任があるのかもしれません。道義的には問題だけど、本人が知らなかったという事は考えられます。しかし、「脱税」は本人の責任で、自分の収入や資産は自分が管理して、自己申告するものです。我々は税理士に任せていたとしても、不備があれば本人の責任で、「知らなかった」で許されません。国民に「税を納めてください」と政府のトップの鳩山総理大臣が、その椅子にいて、脱税していたのでは話にならないし、自民党なら首が飛んでいるでしょう。

野党時代に鳩山さんは『秘書、会計責任者が責任は議員の責任であるべきだ』と言っておいて、小沢さんや自分事にはあまいのでは総理の資質なのか考えます。小沢一郎著書「日本改造計画」において『政治家が政治資金で私服を肥やした政治に歪みが生じているとし、政治資金規正法違反者に対する罰則を強化し、政治腐敗防止制度を確立すべきである』と提言しています。4億円もの巨額の現金を用意し、土地を買い、秘書が収支報告書を怠った事を「秘書がやった事で自分は知らない。ゼネコンからの裏金、献金は一切受け取ってない」と言っていました。本人は不起訴こそなりましが、首相と幹事長の両トップの秘書が数人も起訴されて、責任を正せない自浄力の無い民主党に国民が主役の政治が期待出来るでしょうか。{友愛}の精神は自分に厳しく、人に優しくなくてはならないはずです。そして、鳩山総理がマニフェストに書かれていた「ガソリンの暫定税率廃止は国民への誓い」と繰り返していたのにもかかわらず、小沢幹事長の「維持する」の一言でひっくり返る始末で、小沢独裁と批判されています。ここでも鳩山総理のリーダーシップの欠如は明白にされました。

一方、下野した自民党も新生自民党をアピールしたいところが、参議院選に向けて、70歳定年制で未公認をやっと決めましたが、はっきりしなかった谷垣総裁も若手からの顰蹙を買い、参院選で自力で勝てるこれと言った材料のない状態です。

舛添要一前厚労大臣などが、新党結成を模索する動きもあります。自民党が嫌になったけど、民主党もチョトおかしいな、という有権者の受け皿にはなりますが、政権担当能力を作るには相当な準備が要りますし、はたして選挙前に飛び出す勇気のある相当数のメンバーが集まるかは大いに疑問です。

日本はもともと資源のない国でありながら、優秀な頭脳と勤勉さを武器にGDP世界2位にまでなりました。誰もが自国を誇りに思えた時代がありました。現在の状況は先行き不安で消費をひかえる→企業の商品が売れない→企業が赤字→経費節約(社員の給与カット、リストラ)→ますます消費画落ちる・・・繰り返しです。税収が38兆に落ち込んでしまい92兆の予算編成で44兆を超える国債を発行し、国の埋蔵金は今回使えば次からどうするのでしょうか。

アメリカではオバマも素晴らしいフレーズと人気で一躍大統領になりましたが、政策として巨費を投入しましたが、経済復調どころか失業者の増加で、支持率も低迷してきました。私達はメディアからたくさんの情報を得ていますが、それらはマスコミの取り上げ方次第で大きな波を起こし世論となり、大きな力を持ってきました。

最近アメリカのメディアでトヨタ自動車のリコール発表の危機対応ぶりに対し、「頼りがいのある一流ブランドが、次々と愛人が発覚したまるでタイガー・ウッズ騒動だ!」と叩いています。良い時はもてはやし、材料を見つければおもしろい様に叩き、それが過剰反響を生んで大きな世論となり痛手を受けます。日本政治は、世論の影響を政局にしてばかりいないで、将来の日本の姿(国家ビジョン)を、国会で本質のところで政策論争をして欲しいものです。非常に厳しい国民生活を改善すべく、しっかりした国の舵取りを切望いたします。

新春のご挨拶(1月16日さくまひろし年賀会)

1月16日チャンネルOの和室で午前10時より後援会主催の年賀会を行ないました。



[ ご挨拶 ]
あらためまして、あけましておめでとうございます。この2010年が皆様にとって輝かしい1年であります様、心よりお祈り申し上げます。

市会議員をさせて頂いて、早3年を迎えようとしています。皆様のご支援のおかげで精一杯働かせてもらっております事、誠に有り難うございます。こうして私の年賀会に沢山に集まりいただきまして重ねて感謝申しあげます。

今ほどは、松崎市長、上野会頭より身に余るご祝辞を賜りましたが、まだまだだが期待しているからな!と叱咤激励を頂いたと真摯に受けとめ精進したいと存じます。

私は昨年年頭に「頼まれ事は試され事」と思い、逃げないで働く議員を目指す!と、決意したことを、小浜地区の各区の年賀会で聞いていただいた方もここにおられるかと存じます。

先ほどの市長のお話しの、飛鳥の赤い屋根事件ですが、解決が出来ましたのは、ご指摘の様にある意味では欠点ともいえる即決行動の私の性格によるものです。小浜小学校建設の時も同じでしたが、10年前になりますがPTAの役員になった時、当時の会長に「小学校建設委員会をつくらせて欲しい、委員長をさせて頂きたい。小浜小学校建設期成同盟会とPTAが連携してなんとしても進めたい」と申しました。その後PTA会長、期成同盟会事務局長として歴代区長会の皆さんと市に折衝を続けました。そして、小浜地区の力が結集され、小浜小学校建設移転建設が実現いたしました。この小浜学校建設は私が政治家を目指すことになった原点であリます。

好きな言葉は『意思あれば、道となる』で目標に向かって粘り強く頑張りたいといつも思っています。飛鳥の赤い屋根の件を少し話しますと、私が相手方と折衝する事が出来ましたのは、高島市の宮内議員さんの手引きがあればこそです。
  
― 中略 ―



長年の懸案が片付いて西組の関係者から感謝されると、議員冥利に尽きる思いです。宮内議員は元自衛官で議員を10期しておられ、高島市期成同盟会事務局長の関係で好意にしてもらっていて、お互いのイベントに参加協力をしています。このように琵琶湖若狭湾快速鉄道実現運動続けている繋がりが幸をそうした事柄です。本当に人間関係の大切さ、有り難さを感じていす。

私は、議員をさせて頂きこのような事も含め、いろんな経験を積ませてもらっています。そして続けています私の議員活動報告もお正月に5号目を新聞折込をいたしました。

昨年は「まちづくりを考える」と題し中心市街地活性化基本計画が国の認定を受けた先進地に出向いて、視察研究した内容を総括しました。そして、私なりの小浜市のコンパクトシティ構想を創ってみました。

7月号『若狭はひとつ』では橋下大阪府知事が敦賀に来られた時、私との質問したやり取りの内容を発表しました。橋下知事が若狭地方には電力、滋賀県には琵琶湖の水を大阪府はお世話になっていると言われました。道州制を踏まえた時、私の考えは電力を各州でまかなうとするなら、仮に若狭地方が北陸州、中部州ではそれぞれに有していて、関西州のみが電力を自分の州に有していない事になります。

Give&Takeを考えると今津と結ぶ快速道は、関西州になれば福井県入るより早道だと思います。福井県には若狭がひとつになって8割の住民投票も辞さない義憤を持って、嶺北嶺南の格差の様々な課題に望みたいと考えます。

そして、今月号は『これからの観光を考える』と題し松崎市長の掲げられた観光局の後押しをと、調査研究と私なりの観光のキーワードをまとめました。そして太陽光発電のクリーン産業を若狭地方に誘致し、新エネルギー地域にしたい。私は原発の立地、準立地を自治体単位の考え方に対し、コンパスでの距離が基準であるべきで若狭地方一体が立地であると訴えてまいりました。嬉しい事に折込後に市民から賛同すると声掛けや、同様の電話を頂きこれも大変励みになり、次の号の課題を見つけて勉強を始めたいと思います。

最後になりましたが、昨年の世相を現すのに『新』『変』であった様に衆議院選挙で「政権交代」で大きく変わりました。与党民主党はマニフェストに唄われていなかった新ルールと、自治体や各種団体の陳情を、県連民主党経由で小沢一郎幹事長室が一元的に集約し、そこで仕分けされ重要と判断されたものが政府に伝わるという風になりました。コンクリートから人がコンクリートから小沢一郎かと思います。自治体は本当に弱い立場であり、期待と不安が入り混じり通常国会の予算成立を待っています。さらに、昨年末から景気の2番底とまで言われる大変厳しい事態となっております。

私は様々な問題に対し、今なにを選択すべきか、将来のためにこの選択でいいのか、未来の子供達のためになにを残すべきか、取り巻く環境の流れを見極め賢明な政治判断をしていかなくてはいけないと思います。一歩先の事を勉強して行きたいといます。そして、順応能力が大切で、変化していかないと自治体競争に勝てないでしょうし、『脱皮出来ない蛇は死ぬ』と申します様、私自身も時代に応じた進化したいと思います。

今後とも変わらぬ皆様のご指導ご鞭撻を宜しくお願いいいたしまして、御礼の言葉とさせて頂きます。

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